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十月兔

強制女装を中心とした小説・イラストのブログです。

2017-07

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文章の練習

 海外の女装幼児化小説を翻訳して読んでいるという話を前々回あたりにかきましたが、自分とは全然違う文体の人の作品を読むのも刺激になります。わたしの作品はライトノベル風に、一つの場面を細かく描写する書き方が多いのですが、そうでない方もたくさんいらっしゃいます。
 そんなわけで今回は、いつもとは違った文章の書き方に挑戦。下の「続きを読む」からどうぞ。




  
 
 
  息子

 初めての子供は男の子で、私はごくごく愛情深い母親として彼の世話をした――ただ、二点を除いて。

 一つは、息子であるにもかかわらず「愛美」と名付け、女の子の服を着せて育てたこと。
 そしてもう一つが、トイレトレーニングをまったくおこなわなかったこと。

 私は息子を、そこそこいいところの幼稚園に入れたが、それはそこの幼稚園の女児制服を、近所の人から譲り受けたからだった。もちろんスカートで、真っ赤な通園バッグにピンクの水筒を持たせ、私は毎日「愛美」を幼稚園まで送り届けた。このころになってくると男の子としての自覚が芽生えだしたのか「愛美」はスカートを非常に恥ずかしがったが、私は有無を言わせなかった。魔法の言葉があるのだ。「でも、おむつをつけてたらズボンは穿けないでしょ?」
 「愛美」はまだ、おむつがとれなかった。パンツを穿いたことさえない。家では常に布おむつで、外でも紙おむつを着用させていた。幼稚園からは「トイレトレーニングをおこなうように」と言われていたが、私はその逆を続けた。つまり、トイレを我慢させずに数時間に一度おむつの中に排泄するようし向けたのだ。さすがに大きい方はまずいので、そちらは外でお漏らししないよう、家にいるとき布おむつの中にするようにしつけたが、それだけ。私の知る限り、「愛美」は便座や補助便座、そればかりかおまるに座ったこともない。
 しかしおむつがとれない「愛美」も、幼稚園でいじめに遭っているというようなことはなかった。むしろ「女装」「おむつ」という個性のためか、「愛美」は女の子達と仲がよかったと思う。幼稚園での紙おむつ交換も、最初は自分でやらせていたのだけど、いつからか仲のいい女の子がかわりばんこにやってくれていたみたいだった。
 普段着には、ベビー服を着せ続けた。といっても、幼稚園の頃からだんだんサイズの合うベビー服がなくなってきたので、既製品のデザインや型紙を参考にして自作するようになっていた。もちろん全部女の子用のデザインで、おむつでぷっくりと膨らんだお尻にはぴったりだった。七五三には手製のセレモニードレスを着せ、お誕生日会には可愛いベビードレスを着せた。

 小学校になってからも、それは同じだった。ベビー服にランドセル(もちろん赤だ)をしょわせて学校に行かせ、学校でもおむつを当て、トイレは使わないように言いつけた。「愛美」は私の命令をこの上なくきっちり守り、トイレは使わず、休み時間ごとに濡らしてしまうおむつを取り替えて帰ってきた。さいわい、隣の家の女の子がおむつ交換や何かをすべて引き受けてくれたし、女の子のグループがいろいろな意味で可愛がってくれていたようなので、いじめられることはなかった。ただ、頻繁に女の子の家に遊びに行っては、可愛い服を着せられて帰ってきていた。
 そうして六年間の小学校生活、最後の卒業式にも、「愛美」はベビー服を着て出席した。私が一世一代の思いで仕上げたピンクのベビードレスを着て卒業証書を受け取った「愛美」は、とても可愛らしかったけれど、緊張のせいか壇上でお漏らししてしまい、だんだんずり下がっていくおむつカバーが保護者席からでもよく見えた。

 中学、高校も同じようにすぎていった。女子制服の下には紙おむつとおむつカバーで、しかも標準服だったため、私はいろいろな制服を着せてやった。セーラー服、ブレザー制服、小学生のようなイートンの制服にジャンパースカート。息子は女装もおむつも恥ずかしくてたまらないようだったが、このころになるとどんなに頑張ってもお漏らし癖は治らず、けっきょくおむつをつけるしかなかったのだった。しかもこのころには、膀胱の容量が若干大きくなったのか紙おむつでは吸収しきれなくなっていて、布おむつを四枚以上当てないと持たなくなってしまった。当然お尻は今まで以上に膨らんで、スカートのラインからでもおむつを当てていることがバレバレになってしまう状態だった。
 このときにはもう、クラスの特定の女の子というよりも、クラスの女子の大半が「愛美」のおむつ交換をしてくれていたらしい。休み時間のたびに教室の真ん中でおむつを交換し、必要ならばおちんちんの毛を剃ったりもしたそうだ。体育の授業は「おむつカバーなんてブルマーみたいなものでしょ」といわれて、ふりふりの付いたブルマー丸出しで学校の周りをマラソンさせられたりもしたとか。水泳の授業はさすがにおむつをつけるわけにはいかなかったが、私は女子用の水着と、小さな女の子が使うようなプールタオルを持たせた。
 高校を卒業させたあとどうするか、私は特に決めていなかった。家から通える範囲の大学に通わせるか、あるいは一人暮らしさせるにしても、隣の女の子――同じ高校に通い、すっかり「愛美」のお姉さん役になっていた女の子と同棲させて、彼女に世話を任せようかとも思っていた。何しろおむつがとれないのだ――高校を卒業しようという年になっても。
 そんなとき、一人の男が我が家を訪ね、こんなことを切り出した。息子さんを是非、飼いたいといっている女性がいる――と。
 彼はこの近所では有名な、大きなお屋敷の使用人だった。そこのお嬢様が、「愛美」と同じクラスにいたらしい。彼女は大学に入ってからも「愛美」を赤ちゃんとして可愛がりたいと申し出たのだった。私は三日ほど考えたあと、一度彼女と面会し、いくつか条件を付けて承諾した。
 一つ、「愛美」を女の子の赤ちゃんとして扱うこと。排泄はすべて布おむつにして、服は女児用のベビー服を着せ、食事もミルクか離乳食。いままで食事に関しては、学校の給食など大人の食べるものを食べさせていたから、高校卒業と同時に完全離乳食生活に移行して、「愛美」はずいぶん嫌がった。
 二つ、「愛美」を一日一回外に連れ出すこと。いくら可愛い服を着せていても、家の中に入れていたのでは意味がない。近所でも大学でもいいから、とにかくどこかに連れ出して、たくさんの人に見てもらうようにした。
 彼女はこれらの条件を快諾し、「愛美」はその女の子の家に引き取られた。

 いまでも「愛美」はその家にいて、時々私の家に連れてこられる。明らかにプロの手で作られたベビードレスを着て、おむつをたっぷり当てたおむつカバーを丸出しにして、背中からのびたハーネスを女の子に握られて、両手両足にはミトンと靴下、髪の毛以外の全身を永久脱毛して、すべての歯を抜かれた上、赤ちゃんみたいな声しか出ないように声帯もいじられて。その姿は完全に、大きさこそ違え赤ちゃんそのものだった。
 しかし私は、確かに見た。
息子の目の中にまだ、二十歳近い男性でしかありえない知性と意志が残っているのを。そして屈辱の中で生かされ続けている絶望に、暗く染まっているのを――。
 
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